恋人の……オッパイなら……揉んでも大丈夫……だと?

「お前、実は天才なんじゃねえか?」
「うん、お兄ちゃんが馬鹿なだけ」
「だがな、妹よ。オッパイを揉んだ女子……夢穂さんを恋人にするってのは、ちょっとばかり話が飛びすぎじゃあないか? そりゃあ、確かに夢穂さんに興味はあるんだけどさ」

 夢穂さん。
 夢穂さんの世界に、僕は興味がある。
 興味を抱いてしまった。
 夢穂さんという、世界に、ルールに、興味が沸いてしまったのだ。

「それ、好きってことじゃないの?」

 はぁ?
 と、僕の頭は真っ白になった。
 あ、あれ、そういうことなのか?
 
「年中冬眠生活のお兄ちゃんにもようやく春が来たって感じ? んふふふふ、これはとても喜ばしいことだね。応援はしないけどさ」
「しねえのかよ」
「安心してよ。気にいらなかったら全部ぶっ壊してあげるからさ」

 そんな言葉を残し、妹の声はそれ以降聞こえなくなった。
 あの気紛れはどこかへ行ってしまったらしい。
 と、その時。
 ゾゾゾゾゾッ、と脊髄を不気味な流動が駆け抜けた。

「ようやく見つけたよ青君~」

 耳元で囁かれる、夢穂さんの声音。
 鼓膜を揺らす、小さな吐息。
 僕は思わず身体を仰け反らせ、彼女から距離を取る。
 呑気に妹と会話なんてしている場合ではなかったのだ。
 もっと早く気付くべきだった。
 妹と話をしていた、ということはつまり、すでに時雨先輩が作った時間はとっくに終わっていた、ということだ。
 ……と、夢穂さんの隣に時雨先輩が立っているのに気がついた。

「青君ごめんねぇ。夢穂ちゃん、やっぱり説得できなかったわぁ」

 申し訳ない気持ちなんてさらさら持ち合わせていないような笑顔で時雨先輩は手を振って言う。
 あの人はどういう状況でもそれを楽しめる性質らしかった。
 どう転んでも、どう世界が変わっても、時雨先輩は楽しみ続けるのだろう。

「拘束する前だったから、逃走の罪には問わないであげる。もちろん、時雨さんも同じ。でもやっぱり、セクシャルハラスメントは許せないわよ。青君を罰します」
「罰するって……僕をどうするつもりだよ、夢穂さん」
「それはもちろん懲役刑! 私の治外法権自治特区で! 一生! 私の奴隷として生きてもらいます!」
「な、なんだそのご褒美……いや、ご褒美……いや、ご褒美は!」
「言い直せてないよ青君」

 生ごみを見るような目で見られた。
 僕としたことが、またデリカシーのない発言をしてしまったらしい。
 
「……でもそれじゃあ、僕に与えてくれた世界を変える権利ってのは、どうなるんだ?」
「残念だけど、はく奪よ。もう、本当に残念だよ青君。青君なら分かってくれると思ったのに。青君になら世界の選択権を与えても良いと思ったのに。でも、仕方がないよね。ルールなんだから」

 僕の妹なら、そんなルールは壊してしまうのだろう。
 『瓦礫の積み木(クラッキングクラッカー)』が使えれば……。
 ……否。
 僕には、そんなもの無くても良いはずだ。
 僕にだって、能力はあったのだから。
 妹に壊されてしまった能力。
 人の心を覗ける、僕の能力。
 その欠片。

「夢穂さん」

 僕は夢穂さんを見つめる。
 軽くウェーブのかかったボリュームのあるセミロング。
 そこから覗く小さな黒いツノ。
 うねうねと動く黒いシッポ。

「僕はもっと夢穂さんのことを知りたい」

 僕の中で、小さな欠片がカチリと反応した。
『積み木の設計(ハッキングドラッガー)』。