逃げる。
 僕は逃げる。
 走って逃げる。
 しかしどこへ向かえばいい?
 そしていつまで逃げればいい?
 時雨先輩の能力がどれだけ効果があるのかも分からない。
 僕はいつまで夢穂さんから逃げ続ければ良いのだ?
 うぅむ。
 女の子のオッパイを揉んだだけでこんなことになるとは。
 こんなのはおかしい。
 オッパイを揉んだだけで裁かれる法律なんておかしい!

「いや、それはお兄ちゃんの方がおかしいよ」

 どこからともなく聞こえたのは妹の声である。
 辺りを見回したが妹の姿は捕えられなかった。
 あいつは一体どこから話しかけているんだろう。

「おいおい、僕がおかしいってどういうことだよ。というか、さりげなく僕の心を読むんじゃねえよ。お前の能力はそういうのじゃあないだろ」
「能力なんて使わなくっても、お兄ちゃんのことくらいすぐ分かるわよ。私の心は壊しちゃったけれど、お兄ちゃんとの関係は壊してないからね。お兄ちゃんがオッパイを揉むのは普通であるっていう顔してるのはすぐに分かるの」
「僕、どんな顔してたんだよ」

 鏡が欲しかった。

「で、どうしてお兄ちゃんはそんな破廉恥極まりない妄想しながら走ってたわけ?」
「いやぁ、女子のオッパイを揉んだんだけど、どうやらそれが地雷だったらしくて、僕はその子から逃げてるんだよ。変な話だろう?」
「オッパイ揉んで怒られるのは、当たり前じゃないの」
「そんな馬鹿な! じゃあお前はオッパイを揉まれたからって相手を社会的に殺すのか!」
「まぁ、修復不可能なくらいにぶっ壊すわよ」

 なんということだ……狂っている!
 世界が崩れ落ちていくかのようだった。

「そんな……そんな法律は……ルールは、おかしいだろ」
「うぅん、いや、それって、法律とか、ルールとか、それ以前の問題じゃない?」
「……はぁ?」
「なんつーかさー、ルールとモラルを履き違えてるっていうの? ごちゃまぜにしてるっていうかさ。女の子のオッパイを揉むなんて、ルールとかじゃあなくって、それ以前に、それ以上に、ただ単純に、女の子に失礼だよ。だってお兄ちゃんもいきなりチンチン鷲掴みにされたら嫌でしょ?」
「それがご褒美かはともかく、鷲掴みにされたら痛いよな」
「でしょ? そんなこと、ルールを作らなくったって、分かることじゃない。人を殺してはいけません、なんて法律で決まってなくっても、そんなことダメだって分かるじゃない。そんなルール、私が壊したところで、みんな守るに決まってるじゃない」

 この国の住人は古来から、何もせずとも列を作ろうとする習慣があったらしい。
 そんなルールはなくても、そんな法律はなくても、彼らは順番に、綺麗な列を作り、従順に、誰に言われるまでも無く、自ら、率先して、列を作って並んだという。
 
「お兄ちゃんに足りないのは、ずばり、デリカシーだよ!」
「ガビーン!」

 思わず漫画みたいな擬音を口に出してしまった。
 なんということだ、僕にはデリカシーが不足していたのか……。

「だから私はお兄ちゃんの能力をぶっ壊したんだよ。お兄ちゃんが節操無く人の心を読みまくったりするから、気持ち悪かったんでぶっ壊させて頂きました」
「そういうことだったの!?」

 衝撃の事実だった。
 というか妹に気持ち悪いと思われていたってところが一番ショックだった。

「く……妹よ、僕のデリカシーを補うためには、どうしたらいいんだ」
「そんなの知らないわよ……。うぅん、でもそうね、デリカシーを補わなくっても、丸く収める方法があるんじゃない?」
「本当かよ」
「友達の女子のオッパイを揉んだってのが問題でしょ? だからそれを壊す。その関係を壊して再構築する」

 妹はカラカラと笑って言う。

「恋人の女子のオッパイなら揉んでも良いんじゃない?」