「明日になったら本気出すとか、やる気になればできるとか、

 そういうのを口に出してしまうとどうしても嘘っぽく聞こえちゃうわよねぇ。

 それって大抵、明日になっても本気を出せない人とかぁ、

 やる気になっても何もできない人が言うのよね。言ってしまうのよねぇ。

 だってやれる人は明日やらなくても今日できるし、やる気になれなくてもできちゃうんだもの。

 そんなこと、結構、案外、

 誰でも、やれる人でもやれない人でも、

 薄らと、でも確実に、そして切実に理解しちゃってるわよね。

 それでも分からないフリとかしちゃってねぇ。

 でも、夢穂ちゃんは少し違うのよね。

 明日になったら本気出すとか、やる気になればできるとか、それを本気で言っちゃうのよねぇ。

 本気で言っちゃうくせに、明日やらなくても今日できるし、やる気にならなくてもできてしまう。

 自分自身の能力を理解できているようでできていない。

 加減がわかっているようでわかっていない。

 そんな感じ?

 んまぁ、これは私の意見というか、見解というか、夢穂ちゃんに対しての理解だから、

 他のメンバーとか、青君から見た夢穂ちゃんとはまた違うんだろうけどねぇ。

 それでも。

 意見が違ったとしても、見方が違ったとしても、それでも私は、誰も夢穂ちゃんを理解できるとは思えないのよねぇ。

 ねぇ、青君。

 青君は、夢穂ちゃんの笑顔をどう思う?

 青君には、夢穂ちゃんの笑顔がどう見える?

 …………そう、天使みたいよねぇ。

 夢穂ちゃんの笑顔はマジ天使よねぇ。

 んふふふふふふ。

 青君は『悪魔』って言葉を知っているかしらぁ?

 …………知らない?

 そうよねぇ。

 だってこの言葉は、こっちの世界とあっちの世界の戦争が終わった時に消されてしまった言葉だもの。

 言葉狩り。

 自己検閲。

 表現規制。

 そういうくだらなくて、意味もなくて、理解もできなくて、バカがバカに合わせるようなバカバカしいものに、

 消されてしまった言葉。

 そうねぇ、『悪魔』って言葉は、まぁ『天使』と対になる言葉だと思っていいんじゃないかしらねぇ。

 青君は『天使』って言葉にどういう印象を受ける?

 美しい?

 清廉潔白?

 心が優しい?

 うん、まさに夢穂ちゃんよねぇ。私はそう思うわよぉ。

 夢穂ちゃんはとても心が優しい子。

 夢穂ちゃんは紛うことなき清廉潔白。

 夢穂ちゃんは美しい……というよりかは、可愛いかなぁ?

 それなら、それならここで、青君に、私は聞きたいのよ。

 そもそも人間って『天使』と『悪魔』どっちに近いと思うかしらぁ?

 性善説、性悪説くらいは聞いたことあるでしょう?

 人間はそもそも良い生物なのか、人間はそもそも悪い生物なのか、青君はどっちだと思う?

 …………性善説を信じる? んふふふふふふ、青君ってば優しい子ねぇ。

 私は圧倒的に性悪説を信じるわよぉ。

 人間はとっても悪い生き物だと思うわねぇ。

 だから、だからこそルールが必要なんじゃないかしら?

 人間の中だけで適用されるローカルルールが必要なんじゃないかしら?

 人間は悪い生物だから、ルールを作って縛りを作って、制限して制限されて、首を絞め合ってるんじゃないかしら?

 でも、それって、夢穂ちゃんはどうなのかしらねぇ。

 美しくて、清廉潔白で、心が優しくて、マジ天使な夢穂ちゃん。

 美しい。うん、羨ましい言葉よねぇ。

 清廉潔白。うん、尊敬すべき言葉よねぇ。

 心が優しい。うん、誰しもが見習うべき言葉よねぇ。

 だけれどさぁ。

 だけれどそれってさぁ、逆にとても、とてつもなく残酷だと私は思うのよ。

 醜いほどに美しい。

 佞悪醜穢に清廉潔白。

 そして残酷に心優しい。

 夢穂ちゃんはそんな矛盾して矛盾して矛盾したぐちゃぐちゃな子だと思うのよ。

 だって夢穂ちゃんは、美しくて、清廉潔白で、心が優しい故に、この世界が許せないっていうんだからねぇ。

 でもそれって、もはや天使と言えるのかしら?

 なんだがとっても、イメージとはかけ離れちゃってないかしら?

 『天使』も『悪魔』もぐちゃぐちゃな感じがしないかしらぁ?

 ……まぁ、『悪魔』って、『天使』が堕落した成れの果てらしいし、表裏一体、紙一重なのかもしれないわねぇ。

 そう考えたとき、夢穂ちゃんはどうなのかしら。

 夢穂ちゃんの笑顔はどう見えるのかしら。

 可愛らしいツノとシッポの生えた夢穂ちゃんの笑顔は、どう映るのかしら。

 青君にはどう見える?

 青君はどう理解する?

 私には理解できなかった。

 だから、私は理解したい。

 夢穂ちゃんを理解したい。

 夢穂ちゃんという世界を理解したい。

 私が夢穂ちゃんに手を貸したのは、能力を貸したのはそういう理由ね。

 世界を変えた後に、それはゆっくりと理解できるはずだからねぇ。

 青君はその前に、世界を変える前に、夢穂ちゃんを理解できるのかしら。

 世界を変えなくても夢穂ちゃんを理解できてしまうのかしら?

 私には無理。

 明日やったとしても無理。

 やる気になったとしても無理。

 私が夢穂ちゃんについて語れるのはこんなところ。

 これくらいしか語れない。

 青君は夢穂ちゃんを理解できるのかしらねぇ。

 でも、即日実行できちゃう青君になら、もしかしたら理解できちゃうのかもしれないわねぇ」

 言い終えて、時雨先輩はまた柔らかそうな笑みを浮かべた。
 しかしその笑顔はどこか儚げで、まるでシャボン玉のように思えた。