その柔らかさは、何にも例えることはできなかった。
絶妙な弾力、不思議な感触、そして沸き上がる幸福感。
制服の上からでもそれが十分に実感できる、夢穂さんのオッパイ。
さてさて、ここで問題になるのはこの後、僕はどうなってしまうのか、である。
「青君のエッチ! スケベー!」
と僕は思いっ切りビンタされてしまうのだろうか。
「や……やめてよ……!」
と顔を赤らめてそっぽを向かれてしまうのか。
「んもう、青君は変態さんだなぁ。どう? 気持ちいいの?」
と艶めかしい声音ですり寄ってくるのか。
僕は、夢穂さんという人をよく知らない。
夢穂さんというキャラクターを理解していない。
だから、僕の想像した中の、どの反応をするのか、分からない。
「…………」
だがしかし。
そのときに見せた夢穂さんの反応は、僕が想像していたもののどれにも当てはまらなかった。
「はぁあ」
と、夢穂さんは溜息を吐いた。
至極残念そうに眉を下げて、僕の手を払いのけようともせず、その体勢のままで、夢穂さんは肩を落とす。
「どうして私に触れちゃうかなぁ」
と、夢穂さんは僕の顔に視線を向けた。
縦に長い瞳孔。
深く赤い瞳。
まるで貫くように、夢穂さんは僕を見つめた。
と、その時、世界が暗転する。
ぐわり、と地面が、景色が、空気が、空間が歪む。
しかしそこで、ピタリ、と全てが停止した。
地面も、景色も、空気も、空間も、そして夢穂さんも、全てがそこで写真のように固まってしまった。
「あーあ、青君、夢穂ちゃんに触っちゃったの?」
聞こえてきたのは、時雨先輩の声である。
振り返ると時雨先輩が立っていた。
しかしなんだろう。
時雨先輩の楽しげな表情は。
「夢穂さんのオッパイを触りました」
「うわぁお、大胆」
「そんなことより、この現状は一体どういうことでしょう」
「女子のオッパイ揉んだことを『そんなことより』で済ますのもどうかと思うけれどぉ、まぁいいわ」
言って、時雨先輩はひらひらと左手を見せつけるようにして振った。
腕輪が無かった。
「夢穂ちゃん言うところの学園一ずるい能力。割り込み規則(フェイクロックカンパニー)」
「この時間が止まった現状は、時雨先輩の能力ってことですか」
「正確には時間を止めてるんじゃなくって、時間を作ってるんだけれどねぇ。私は今、青君とお話する時間を作っているのよん。時間に割り込みをして特別な時間を作っているわけ。相対的に、元々の時間は止まっちゃうから、止まっているように見えるけれどねぇ」
なんだかよく分からなかったが、とりあえずずるい能力であるのは理解できた。
「私の能力はともかく……青君ってば、やっちゃったわねぇ」
「どういうことです?」
「夢穂ちゃんのオッパイを触っちゃったことよ。いや、この場合はべつにオッパイじゃあなくてもそうなんだけど」
チラリ、と時雨先輩は夢穂さんに視線を流した。
「夢穂ちゃんに触る……それはつまりルールに触れるってこと」
そして時雨先輩は微笑む。
楽しそうに、愉快そうに、痛快そうに、時雨先輩は笑う。
「青君、法律犯しちゃったわねぇ」