彼女のローカルルール(完結)

ライトなラノベコンテスト用です。
中二的な能力物です。
色々な意味でライトです。

(第一回)ライトなラノベコンテスト二次落ちの作品です。
こんなんじゃあ落ちるよという参考にして頂ければ幸いです。

彼女のローカルルール 第十四条 違法性

 その柔らかさは、何にも例えることはできなかった。
 絶妙な弾力、不思議な感触、そして沸き上がる幸福感。
 制服の上からでもそれが十分に実感できる、夢穂さんのオッパイ。
 さてさて、ここで問題になるのはこの後、僕はどうなってしまうのか、である。

「青君のエッチ! スケベー!」
 
 と僕は思いっ切りビンタされてしまうのだろうか。

「や……やめてよ……!」

 と顔を赤らめてそっぽを向かれてしまうのか。

「んもう、青君は変態さんだなぁ。どう? 気持ちいいの?」

 と艶めかしい声音ですり寄ってくるのか。
 僕は、夢穂さんという人をよく知らない。
 夢穂さんというキャラクターを理解していない。
 だから、僕の想像した中の、どの反応をするのか、分からない。

「…………」

 だがしかし。
 そのときに見せた夢穂さんの反応は、僕が想像していたもののどれにも当てはまらなかった。
 
「はぁあ」
 
 と、夢穂さんは溜息を吐いた。
 至極残念そうに眉を下げて、僕の手を払いのけようともせず、その体勢のままで、夢穂さんは肩を落とす。

「どうして私に触れちゃうかなぁ」

 と、夢穂さんは僕の顔に視線を向けた。
 縦に長い瞳孔。
 深く赤い瞳。
 まるで貫くように、夢穂さんは僕を見つめた。
 と、その時、世界が暗転する。
 ぐわり、と地面が、景色が、空気が、空間が歪む。
 しかしそこで、ピタリ、と全てが停止した。
 地面も、景色も、空気も、空間も、そして夢穂さんも、全てがそこで写真のように固まってしまった。

「あーあ、青君、夢穂ちゃんに触っちゃったの?」

 聞こえてきたのは、時雨先輩の声である。
 振り返ると時雨先輩が立っていた。
 しかしなんだろう。
 時雨先輩の楽しげな表情は。

「夢穂さんのオッパイを触りました」
「うわぁお、大胆」
「そんなことより、この現状は一体どういうことでしょう」
「女子のオッパイ揉んだことを『そんなことより』で済ますのもどうかと思うけれどぉ、まぁいいわ」

 言って、時雨先輩はひらひらと左手を見せつけるようにして振った。
 腕輪が無かった。

「夢穂ちゃん言うところの学園一ずるい能力。割り込み規則(フェイクロックカンパニー)」
「この時間が止まった現状は、時雨先輩の能力ってことですか」
「正確には時間を止めてるんじゃなくって、時間を作ってるんだけれどねぇ。私は今、青君とお話する時間を作っているのよん。時間に割り込みをして特別な時間を作っているわけ。相対的に、元々の時間は止まっちゃうから、止まっているように見えるけれどねぇ」

 なんだかよく分からなかったが、とりあえずずるい能力であるのは理解できた。
 
「私の能力はともかく……青君ってば、やっちゃったわねぇ」
「どういうことです?」
「夢穂ちゃんのオッパイを触っちゃったことよ。いや、この場合はべつにオッパイじゃあなくてもそうなんだけど」
 
 チラリ、と時雨先輩は夢穂さんに視線を流した。

「夢穂ちゃんに触る……それはつまりルールに触れるってこと」
 
 そして時雨先輩は微笑む。
 楽しそうに、愉快そうに、痛快そうに、時雨先輩は笑う。

「青君、法律犯しちゃったわねぇ」

彼女のローカルルール 第十三条 性的嫌がらせ

 チャイムと同時に席に着く生徒達。
 起立、礼をして始まる授業。
 いつもの光景。
 何の疑問も無く行われる儀式。
 そういうルール。
 否。
 教育を受けるのは、僕に課せられたルールではない。
 つまり僕は授業なんて受ける必要はないのだ。
 そんなルール無いのだから、それを守る必要は無いだろう。
 そういうわけで、僕は気分が悪いとかテキトウなことを言って授業を抜け出した。
 
「……とか、中二病丸出しだなぁ」

 実際のところはただ単純に、授業を受けるという気分になれなかっただけである。
 こういう時は屋上で空を見上げてボケっとするのが良いのだろうが、屋上への階段がどこにあるのか分からなかったので、中庭の人目に付きにくいベンチに座りながらボケっとすることにした。
 何とはなしに、空に向けて右手を広げる。
 僕は手を動かせる。
 手を動かすのは簡単だ。
 昔の僕はこれと同じくらい能力が使えていた。
 僕は耳を動かせない。
 耳を動かすのは難しい。
 今の僕はこれと同じくらい能力が使えない。
 
「うぅん、能力が使えれば、夢穂さんの本心も丸見えなんだけどなぁ」

 僕の『ずるい』能力が使えれば……。
 
「ずるい……か」

 今の僕では法律……特殊能力行使禁止法が制定された本当の理由は分からない。
 とはいえ、なんとなく予想できる答えが一つある。
 それが『ずるい』という感情だ。
 嫉妬、に近いのだろうか。
 持たざる者が持つ者に対して沸き上がる感情。
 本来の上下関係が逆転して、下が下に引きずり降ろそうとする現象は、往々にしてよくある悲劇である。
 出る杭は打たれる。
 足を引っ張り合う。
 ふぅむ、この国では昔からよくある風習らしかった。
 
「青君、完全にサボってるじゃん。ダメなんだぞー」

 ヌッと現れたのは夢穂さんだった。
 忠告する言葉とは裏腹に、その声音はとても楽しそうに伺えた。

「……ここに居るってことは夢穂さんもサボりじゃん」
「私はいいの。そういうルールだから」
「滅茶苦茶だなぁ」

 言うと、夢穂さんは笑いながら僕の隣に腰をかけた。
 
「ねぇ青君、まだ日にちはあるけどさ、ちゃんと考えてる? 世界を変えたいか、変えたくないか」

 そんな問いに、僕は数秒だけ沈黙した後、

「まだ考えてないよ」

 と返答した。
 僕は本心を隠す。
 夢穂さんの本心は何だ?
 僕の壊れてしまった能力は機能しない。
 だけれど、知りたい。
 夢穂さんの本心。
 裏側。
 思惑。
 本音。
 やはりそこが重要だ。
 僕に判断を委ね、まるで世界の選択は僕の責任であるかのように思わせて、惑わせて、すり替えているが、この問題は夢穂さん自身の問題だ。
 ここを勘違いしてはいけない。
 ここを取り違えると後悔するはずだ。
 夢穂さんの本心。
 しかしどうやってそれを知ればいい?
 夢穂さんのガードを、僕は能力無しでどう破ればいい?
 僕は耳を動かせない。
 だけれど手は動かせる。
 ふむ。
 なるほど。

「夢穂さんくらえ!」

 僕は夢穂さんのオッパイを鷲掴みにした。

彼女のローカルルール 第十二条 私事権

 良いタイミングでホームルーム開始五分前のチャイムが校内に鳴り響いた。
 なんだか随分と長く時雨先輩と話していたような気がするが、しかし実際にはそれほど時間が経っていなかった。
 しかし時雨先輩は完璧に時間の流れを察知していたようで、悠然と、当たり前のように立ち上がる。

「さぁさぁ青君。早く教室に向かわないと遅刻になっちゃうわよ?」
「……そうですね。ありがとうございます、夢穂さんのことを話してもらって」
「んふふふふ。そう言ってもらえると、青君のために時間を作ってあげた甲斐があるってものねぇ」

 そう微笑む時雨先輩の左手からは、いつの間にか腕輪が外されていた。
 夢穂さんの治外法権自治特区では腕輪を外しても大丈夫というルールらしい。
 僕と時雨先輩は部屋を後にして、それぞれの教室へと向かった。

「…………」

 僕の教室、夢穂さんと一緒のクラスに向かいつつ、僕は考える。
 腕輪。
 左手の腕輪。
 今の技術では例えば夢穂さんの『小さな立法権限(アウトスタンディング・ローカルルール)』や妹の『瓦礫の積み木(クラッキングクラッカー)』は制御できない。
 しかしそのうち両者とも規制できてしまう時代が来るかもしれない。
 腕輪による能力の規制。
 これが始まったのはごく最近の話で、確か三年ほど前からだったか。
 能力者の犯罪を抑止するため、まず初めにこの辺りの地域限定で施行された新しい法律である。
 この地域の、ローカルルールである。
 しかしこのルールが設定されたことは、されてしまった事実は、グラリと世界を大きく揺らした。
 賛成派と反対派が激しく衝突して、交錯して、対立して、政治的で、感情的で、利己的で、民主的で、理想的な意見と暴力が振り撒いて、結局法律は成立した。
 ローカルルールとはいえ、それは法律だ。
 その法律を元にして、その事実を要にして、能力の規制はいずれ世界全体を覆い尽くす。
 ……まぁ、三年前には、もうとっくに僕は妹によって能力を壊されてしまっていたので、特に関心もなく「あぁそうなんだ」程度にしか考えていなかったが。
 妹は成立と同時に配布された腕輪をその場で粉々に破壊し、『腕輪を装着しなければならない』というルールそのものを壊した。
 その気になればその適用範囲を妹だけではなく、法律そのものを完璧に破壊もできたのだろうが、妹はそうしなかった。
 なぜそうしたのかは、僕にはわからない。
 壊れてしまった妹の心は理解できない。
 ……いや、たとえ壊れていなくとも、僕は理解できない。
 夢穂さんの心だって、理解はできないのだろう。
 時雨先輩は僕にならできるかもと言っていたが、しかしそれは買い被りである。
 まぁ、以前の僕にならそれは容易に可能なのだろう。
 妹に壊される前の僕になら、それはいとも簡単に理解できてしまうのだろう。
 能力。
 僕の能力。
 妹に壊されてしまった僕の能力なら、手足のように使える能力なら、それこそ手軽に妹や、夢穂さんのことを理解できるだろう。
 人の心を覗ける。
 それが、僕の持っていた、妹に壊されてしまった能力だ。
 たとえばこれが、自分が望んでいないにも関わらず他人の声が聞こえてしまう、だとかだったら、いい感じの悲劇的で同情の誘える鬱的な物語が綴れるのだろうが、しかし僕の場合は違って、自分の望んだときにだけ相手の心を覗けるという破廉恥極まりない能力である。
 秘密なんてものは無い。
 プライバシーなんてものは無い。
 自分よりも自分を知られる。
 そんな『ずるい』能力だ。
 しかしそれも昔の話。
 今の僕にはそれもできない。
 だがしかし、妹に言わせれば、そこには残骸がまだあるのだ。
 能力の残骸。
 それをうまく組み立てることができるなら、僕は夢穂さんの心が覗けるのだろうか。
 夢穂さんを理解できるのだろうか。
 僕は教室の扉を開ける。